・オリゴ転移について

 

 先日、日本内科学会雑誌を読んでいたら、オリゴ転移状態の非小細胞肺がんに対する局所治療のことが書かれていました。

 内科医すべてを対象に書かれた文章ですから、肺がん診療に直接携わる呼吸器内科医、呼吸器外科医、腫瘍内科医、放射線治療医のみならず、全ての内科医が知っておくべき一般的事項と捉えてよいでしょう。

 概ね、要旨は以下の通りでした。

 

・転移巣の個数が限られている場合、局所進行状態と全身転移状態の中間の状態にあたると考えられ、このような状態の転移をオリゴ転移と呼ぶ

・オリゴ転移の状態では、新たな転移を起こさず、既存の病変のみが増悪して病勢進行する特徴を持つ可能性がある

・非小細胞肺がんでは、オリゴ転移に対して局所治療の有効性を見るための比較試験が複数行われた

・初回化学療法後3ヶ月間増悪のない、3個以下の転移病変を有する非小細胞肺がん患者を対象に、維持薬物療法単独に対し維持薬物療法+局所治療(切除もしくは放射線治療)を比較したランダム化第II相試験では、49人を対象とした中間解析において、無増悪生存期間(PFS)に関するハザード比が0.35(PFS中央値11.9ヶ月 vs 3.9ヶ月、p=0.005)と、PFSが局所治療追加群で有意に延長し、その後の追跡評価において、全生存期間(OS)中央値は41.2ヶ月 vs 17.0ヶ月だった。

・2020年から、高精度放射線治療体幹部定位放射線治療)の肺がん領域における保険適用範囲が以下のようになり、オリゴ転移に対する照射が保険適用となった

 〇 原発病巣が直径5cm以下で転移病巣のない原発性肺がん

 〇 3個以内で他病巣のない転移性肺がん

 〇 5個以内のオリゴ転移

・肺癌診療ガイドライン2023において、転移臓器・転移個数が限られているsynchronous oligometastatic disease(同時多発オリゴ転移状態)で薬物療法により病勢が安定している場合、局所治療の追加を行うよう提案する(推奨の強さ2、エビデンスの強さC、合意率66%)と記載された

・現在、様々な状況のオリゴ転移に対して、第III相試験が実施中である

 

 分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が台頭し、おおよその病巣は安定状態にあるものの、一部の病巣だけが増大傾向を示す、といった病状を示す患者さんが増えたような気がします。

 このような病状ではおそらく局所治療の上乗せが有用で、オリゴ転移に対する局所治療の考え方が参考になると思いますので、今回の日本内科学会雑誌で取り上げられていたランダム化第II相試験について取り扱った7年前の記事を補筆して再掲します。

 

 

 

 がんによっては、例え初診時に進行期であっても、標準治療として病巣を外科的に切除することがあります。

 精巣腫瘍、卵巣腫瘍、腎細胞癌といったところが代表的でしょう。

 volume reduction surgeryと言われることもありますが、まず腫瘍量を減らして、それから薬物療法を行う方がよいとされています。

 一方で、非小細胞肺がんの領域では標準治療とはされていません。

 「切除してみないと原発巣か転移巣か判断できないから」同時多発している肺腫瘍をそれぞれ切除するとか、「QoLを損なっているから」肝転移や膀胱転移、消化管転移、皮下転移等々を部分切除する、といった個別対応の外科治療をすることはありますが、標準治療と位置づけられているわけではありません。

 

 さて、薬物療法の分野に技術革新があるように、外科手術や放射線治療の領域にも技術革新があります。

 

 私が研修医だった頃には、胸腔鏡手術はおろか、腹腔鏡手術ですら決して一般的ではありませんでした。

 ほぼ四半世紀前、消化器内科の初期研修医として赴任した病院では、腹腔鏡手術のエキスパートとして鳴り物入りで赴任されたA先生が胃癌の手術をしていました。

 以前の職場でお世話になったK先生は、全国的にも名の知られた完全胸腔鏡手術の名手だったそうです。

 K先生が退任され、完全胸腔鏡手術を目にする機会はなくなったようですが、傷を小さく、それでいてできるだけ安全に、ということで胸腔鏡併用小開胸手術を行う施設が多いようです。

 そして、今や低侵襲手術はロボット支援下肺切除術へと発展しています。

 

 放射線治療の選択肢も格段に広がりました。

 胸郭内病変に対しては、通常の前後対向二門照射のほかに、体幹部定位照射、動体追尾体幹部定位照射、動体追尾サイバーナイフ重粒子線治療と様々な選択肢があります。

 また、脳病変、脊椎病変等にもガンマナイフ、サイバーナイフなどの手段があります。

 こうした新世代の定位照射は治療効果、毒性軽減、反復可能、低侵襲と様々な利点を兼ね備えています。

 

 これら技術革新のおかげで、昔より少ない侵襲で局所治療が出来るようになりました。

 そして、外科的に病変を切除することにより、新たな薬物療法の選択肢が開けるようにもなってきました。

 腫瘍細胞の薬物耐性化に対し、その耐性化メカニズムを調べて新しい治療につなげる、という目的で、転移巣を外科切除するような報告も、もはや全く珍しくなくなりました。

 

 今回の報告は、診断時に進行非小細胞肺がんと診断されたものの、遠隔転移巣が3つ以下の患者を対象に、薬物療法に引き続いて放射線治療や外科手術により転移巣を制御したら恩恵が得られるのか、ということを検証した第II相試験です。

 「初回治療後の病勢進行は、既知の病巣の進行によるものがほとんど」という前提のもとに、「既知の転移巣に対して放射線治療や外科切除を行う群=活動性の転移巣が残っていない群」と「行わない群=活動性の転移巣が残っている群」を「明らかな病勢進行が確認されるか、あるいは患者が死亡するか、どちらかが起こるまでの期間」という尺度で比べるのは、普通に考えれば前者が優れるのは当たり前です。

 しかし、こういった「当たり前だよね」ということがしばしば当たり前でない、あるいは当たり前と思われていたことが覆るのが医療の業界です。

 したがって、「当たり前だよね」ということをきちんと調べて、「やっぱり当たり前の結果になったね」となって、初めて次の段階に進むことができます。

 そして今回の試験では、「どう考えても当たり前の結果になりそうだから、もう途中でやめたほうがいいよ」と外部からアドバイスされて早期有効中止に至ったようです。

 

 「進行非小細胞肺がん患者の初回標準治療に、転移巣の局所制御を加える」というのは実現すれば大きなパラダイムシフトであり、これを検証する端緒となった今回の臨床試験には、大きな意義があると思います。

 

 

 

Local consolidative therapy versus maintenance therapy or observation for patients with oligometastatic non-small-cell lung cancer without progression after first-line systemic therapy: a multicentre, randomised, controlled, phase 2 study

 

Gomez et al.

Lancet Oncol Published: 24 October 2016

 

背景:

 これまでのレトロスペクティブな研究からは、進行非小細胞肺癌の初回治療後の病勢進行は、既知の病巣の進行によるものがほとんどとされている。しかし、転移巣の少ない非小細胞肺癌患者に対する積極的な局所制御療法がどの程度の効果があるのかははっきりしていない。今回我々は、こうした積極的な局所制御療法が無増悪生存期間を延長するかどうかを調べた。

 

方法:

 今回の多施設共同無作為化第2相試験において、3つの病院(米国2施設、カナダ1施設)から患者を集積した。組織学的にIV期の非小細胞肺癌と診断されていること、初回治療後に3つ以下の転移巣しか認められないこと、ECOG-PSが2以下であること、標準的な初回治療を既に受けていること、初回治療から無作為化に至る間に病勢進行を認めていないことを適格基準とした。初回治療はプラチナ併用化学療法4コース以上、もしくはsEGFRm陽性/sALKr陽性患者においてはそれぞれに対応した分子標的薬を3ヶ月以上行っていることと定義した。局所制御療法群(全ての転移巣に対し(化学)放射線療法もしくは外科的切除を行う群)と維持療法単独群に1:1の比率で無作為割付をした。それぞれの群で、維持療法は行っても行わなくてもよいこととした。維持療法は承認されたレジメンリストの中から選んで行うことを推奨した。無作為化は行うものの盲見化は行わず、5つの割付調整因子(転移巣の個数、初回治療に対する反応性、中枢神経系への転移の有無、胸郭内リンパ節転移状況、sEGFRm/sALKrの有無)に基づいて動的割付を行った。主要評価項目は無増悪生存期間とした。本研究は現在も継続中だが、参加者の追加募集は行っていない。

 

結果:

 2012年11月28日から2016年1月19日にかけて、74人の患者が初回治療継続中もしくは終了後に本試験に組み入れられた。本試験は49人を無作為割付した段階(25人が局所制御療法群、24人が維持療法単独群に割り付けられた)で、MDアンダーソンがんセンターの効果安全性評価委員会による年次監査での判断により、事前に設定されていた44イベント発生後の中間解析を待たずに早期中止となった。無作為割付された全ての患者を対象とした観察期間中央値は12.39ヶ月(四分位範囲は5.52-20.30ヶ月)、無増悪生存期間中央値は局所制御療法群で11.9ヶ月(90%信頼区間は5.7ヶ月-20.9ヶ月)、維持療法単独群で3.9ヶ月(90%信頼区間は2.3ヶ月-6.6ヶ月)で、ハザード比は0.35(90%信頼区間は0.18-0.66, p=0.0054)だった。有害事象は両群間で同様だったが、治療に関連したGrade4の毒性や死亡はなかった。Grade3の有害事象は維持療法単独群で倦怠感(1人)、貧血(1人)で、局所制御療法群で食道炎(2人)、貧血(1人)、気胸(1人)、腹痛(1人)だった。

 

結論:

 今回の治療対象患者に対する局所制御療法は無増悪生存期間を改善した。第III相臨床試験で検証すべきである。

 

 

 

Local Consolidative Therapy Vs. Maintenance Therapy or Observation for Patients With Oligometastatic Non-Small-Cell Lung Cancer: Long-Term Results of a Multi-Institutional, Phase II, Randomized Study

 

Gomez et al.
J Clin Oncol. 2019 Jun 20;37(18):1558-1565. 
doi: 10.1200/JCO.19.00201. Epub 2019 May 8.

 

目的:

 以前の報告では、初回薬物療法後に病勢進行に至らなかったオリゴ転移状態にある非小細胞肺がん患者に対する放射線照射もしくは手術による局所地固め療法(local consolidative therapy, LCT)が、無増悪生存期間(PFS)を延長し新規病変出現を遅らせることを示した。今回は、より長い観察期間を経て、全生存期間(OS)解析結果をその他の副次評価項目とともに報告する。

 

方法:

 遠隔転移病巣が3個以下で、初回薬物療法終了から3ヶ月以上病勢進行していないIV期非小細胞肺がん患者を対象に、多施設共同ランダム化第II相試験を行った。維持療法もしくは無治療経過観察のみを行う群(MT/O群)と全ての活動性病巣に対してLCTを行う群(LCT群)に1:1の割合で割り付けた。主要評価項目はPFSで、副次評価項目はOS、毒性、新規病巣の出現形式とした。全ての解析は両側検定で行い、P値の有意水準は0.10未満とした。

 

結果:

 効果安全性評価委員会は、LCT群のPFSが有意に優れていたため、49人の患者がランダム割付された時点で本試験の早期中止を勧告した。追跡期間中央値38.8ヶ月(範囲28.3-61.4)の時点でも、PFSにおけるLCT群の優位性は保たれていた(PFS中央値はLCT群14.2ヶ月(95%信頼区間7.4-23.1) vs MT/O群4.4ヶ月(95%信頼区間2.2-8.3)、p=0.022)。OSにおいても、LCT群が有意に優れていた(OS中央値はLCT群41.2ヶ月(95%信頼区間18.9-未到達) vs MT/O群17.0ヶ月(95%信頼区間10.-39.8)、p=0.017)。病勢進行後の生存期間はLCT群で有意に延長していた(中央値はLCT群37.6ヶ月 vs MT/O群9.4ヶ月、p=0.034)。MT/O群で病勢進行に至った20人のうち、9人は病勢進行後に全ての病巣に対してLCTを行ったが、この9人の叡尊期間中央値は17ヶ月(95%信頼区間7.8-未到達)だった。

 

結論:

 初回薬物療法後に病勢進行していない、オリゴ転移状態の非小細胞肺がん患者に対し、局所療法を追加することでPFSやOSが改善した。

 

 

 

 その他、オリゴ転移に関する過去記事を列挙します。

 

oitahaiganpractice.hatenablog.com

 

oitahaiganpractice.hatenablog.com

 

oitahaiganpractice.hatenablog.com